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うたた寝

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うたた寝

イラスト『うたた寝』セットの創作。
短編です。


 
今はもう、子の刻だろうか。
僕は先導の女房に案内されて妻である瑠璃さんの部屋に向かっていた。
今宵は月がすっかり隠れてしまっているので三条邸の見事な庭は濃い夕闇に溶けてしまっているが、惜しみなく明かりが灯されたつり燈籠からの明かりが簀子縁を照らして、よく磨き上げられた檜ががつやつやと光を放っている。
本当なら風情のある庭を眺められる時間に瑠璃さんのところに行きたいのだけれど、頭の中将に出世した僕は仕事に忙殺されてそれもなかなかままならない。
帝直々の御指図の仕事とあっては他の者に変わってもらうことができないのだ。
最近は僕をいじめて楽しんでおられる節もみられないこともないが・・・。
いや、僕の勘違いと思うけど。
しばらくは目をつぶって僕を迎えてくれていた瑠璃さんも帰りが遅い僕に最近はむっとしている。
今日という今日は妻戸を開けた瞬間、瑠璃さんに怒鳴られるかもな。
僕は覚悟して瑠璃さんの部屋の戸をくぐった。
「おかえりなさいませ、高彬さま」
僕を出迎えてくれたのは妻戸のすぐ側に控えていた小萩の穏やかな声だった。
怒り心頭に達した瑠璃さんが御簾をからげて僕の目の前に躍り出てくる様を想像していた僕は拍子抜けした。
御簾の中もしんとしている。
「あれ、小萩。瑠璃さんは?今日も遅くなってしまったから瑠璃さんに怒鳴られるの覚悟で来たんだけど」
「まぁ、高彬さまったら」
僕と小萩は思わず笑ってしまった。
瑠璃さんと長いこと付き合っている者同士、言わずと分かることもあるのだ。
「実は先ほどまで高彬さまをお待ちだったのですけれど、お怒りが過ぎて疲れたのでしょう、うとうとしていらっしゃいますわ。今、高彬さまがいらしたこと、お伝えして参りますから・・・」
腰を浮かしかけた小萩をぼくはやんわり遮った。
「いや、いいよ。せっかく寝ているのであれば無理に起こすのもかわいそうだし。小萩も遅くまで疲れただろう。あとはもう、局に下がって休みなさい」
最近いつもこのパターンなので小萩も心得たようにでは・・・と御簾を持ち上げる。
僕は身を滑らして御簾内に入ると、脇息にもたれるようにしてうとうとと僕を待っている瑠璃さんがいた。
燈台の明かりが瑠璃さんの滑らかな桜色の頬を照らし、やわらかな黒髪が肩を覆っている。
僕はそっと瑠璃さんに近づいたが瑠璃さんは起きる気配はない。
僕は久しぶりに瑠璃さんの顔をまじまじと覗き込んだ。
寝顔は幼い頃とぜんぜん変わらないな。
筒井筒の童の頃は瑠璃さんも今よりもっと乱暴で、相撲をとれば投げ飛ばされ、石蹴りの順番がちがうと池に突き落とされ、さんざんだったよなぁ。
それでも僕はいつも瑠璃さんの後をついて回って。
ろくな思い出がないけれど、こうして瑠璃さんの寝顔を見ているとあの時のことを思い出す。


あれは確か瑠璃さんが裳着を迎える直前のことだ。
童のころは男女の区別なく遊んでも、裳着を迎えた深窓の令嬢は、静かに邸の奥深くで暮らすものだ。
瑠璃さんの場合は一般常識なんて完全無視だから簀子縁を駆けずり回って内大臣様に怒られていたけど。
でもその時は僕も瑠璃さんが裳着を迎えれば会っても御簾越しがせいぜい、話も女房を介してになると思っていたから、次に瑠璃さんと直に会えるのは結婚する時になるだろうと、最後に瑠璃さんに会いに行くような気持ちで僕は瑠璃さんの部屋を訪れた。
いつもは融と二人で行くのだがその日はどうしても瑠璃さんと二人きりで会いたかったから、一人で向かった。
僕としては結婚の約束をしているつもりだったけれど、最近の瑠璃さんの態度を見るとすっかり忘れているのではないかと、不安もあったし。
実際、本当に忘れられていたけど。
でも、やっぱり瑠璃さんらしいというか、裳着を迎える前だというのに、格子は全て開け放たれて広廂の柱に寄りかかってうとうととしていて、そのあまりにの無防備さに僕はちょっとほっとした。
女房たちも居ない。
僕はゆっくりと瑠璃さんの方に歩み寄りながら、胸がどきどきと高鳴っていくのを感じていた。
手を伸ばせば触れられる位置まで来た時に瑠璃さんの顔に泥が付いているのに気が付いた。
きっとさっきまでなにかやっていたんだろうな。
僕はやれやれとそっと泥をはらってやったが、その時触れた瑠璃さんの頬の柔らかさに、びっくりした。
相撲をとっているときも瑠璃さんに触れているが、その時とはまた違った感情に僕自身が戸惑ってしまった。
辺りには誰も居ない。
瑠璃さんもぴくりとも動かない。
ぼくはそろそろと瑠璃さんの顔に近づいた。
瑠璃さんの息遣いまでわかる距離まできたとき、かたんと横の几帳が音を立てた。
僕はびっくりして慌てて瑠璃さんから離れる。
几帳の陰から現れたのは、なんと、顔を真っ赤にした融だった。
おそらく僕も融に負けないくらい真っ赤な顔をしていたと思うけど。
「と、融。いつから、そこに・・・」
驚きと恥ずかしさで僕はそう言うのがやっとだった。
まともに融の顔も見れない。
「高彬の車が、あったから、女房に聞いたんだ。そしたら、姉さんのところに行ったっていうから、先回りして、驚かせてやろうと思って・・・。そしたら・・・」
融は薄縁に目を落としながら、しどろもどろに答えた。
「・・・あんたたちどうしたのよ?」
僕たち二人の話し声で瑠璃さんは目が覚めたらしく、異様な雰囲気に目をぱちくりさせていた。
僕と融はますますうろたえたっけ・・・。


あの時のことを思い出して、僕はなんとなくはがゆい、懐かしい気持ちになって瑠璃さんの額にかかった髪をゆっくりと払うと、そのまま髪をなでた。
髪にたきしめられた香が薫る。
(あぁ、瑠璃さんの匂いだ・・・)
僕は満足してそっと瑠璃さんを抱きしめた。
「・・・ん?あれ、高彬・・・?」
あの時と同じように瑠璃さんが目をぱちくりさせたので、僕は思わず笑ってしまった。
ただ、あの時と違うのは僕は瑠璃さんを堂々と抱きしめられる身分になったということだ。
「なにがおかしいのよ。人の寝顔見て笑ってたの、イヤね」
「違うよ、昔を思い出していたんだ。そしてもっと幸せな気持ちになったんだよ」
あの時のことは僕と融の秘密で瑠璃さんは知らない。
そしてあの頃より僕は瑠璃さんをもっと愛している。
「今夜も遅くなってごめん、瑠璃さん」
「仕方ないわよ。あんたの顔見たら怒るに怒れなくなっちゃった」
瑠璃さんはちょっと照れたように笑うと僕の首に腕を回した。瑠璃さんの頬が僕の頬に触れる。
「おかえりなさい」
耳元で囁かれた瑠璃さんの優しい声と、頬の柔らかさに僕は一層幸せな気持ちになったのだった。

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