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初夏の夜は薄衣で

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初夏の夜は薄衣で

らぶらぶ万歳サークル第2回競作大会に出品した小説です。
イラスト『初夏の夜は薄衣で』とセットでお楽しみ下さい。


 
むしむしした夏の夕べ。
御溝水の音がさらさらと耳に心地よく響く。
半刻前、母上がお付きの女房を二人も引き連れて
「瑠璃さま。女同士、つれづれに蛍でも放して楽しみましょうよ」
と華やかに登場すると、難波の海をかたどった邸内の池に蛍を放した。
夕闇が濃くなっていくごとに蛍の光が増して、たいそう風情がある。
でも、蛍の鑑賞なんて口実で、やっぱりいつものごとく
「殿方を自分の元にひきつけるのはどうしたらよいか」だの、最近は「寝間での心得」
まで微に入り細に入りあたしに吹き込みにくる。
そんなこと言われたって高彬は妻はあたしひとりとお約束してくれているし、
寝間での心得だって、そりゃ、母上に比べたらあたしなんてひよっこだろうけれど、
結婚して1年。
それなりにお互い、なんというか、その、何度も夜を、と、共にすれば分かってくる事もあるもの。
それに、いまだ父さまの浮気癖は直らないのだから、母上の言うことも今ひとつ説得力がないんだよなー、
なんて思ったりしてしまう。
あたしも、思ったことははっきり言ってしまう性格だからね。
こうも度々だと、ときどき頭より口が先に動いてしまうわよ。
「高彬は浮気なんてしませんったら。浮気なら父さまの方がよっぽど心配よ」
「まあ・・・っ!!」
痛いところを突かれたらしく母上は絶句し、みるみる目に大粒の涙が盛り上がる。
「瑠璃さまは、母の気持ちをそのような・・・」
と大袈裟に泣き伏そうというところで、
「北の方さま。高彬さまがこちらにいらっしゃるという先触れが参りましたので・・・」
と小萩が絶妙なタイミングで話の腰をおってくれた。
母上との関係に閉口しているあたしを見かねた小萩がぞんざいに母上にお引取り願ったものだから
「まあまあ、お若い方はお盛んでいらっしゃること!今宵は階から落ちないようになさって下さいませ」
としっかり厭味を言うことは忘れずに自室に引き上げていった。
小萩は後輩女房にてきぱきと指示をとばしながら寝間を整えたり、高彬を迎えるための部屋の準備に余念がない。
「小萩、ありがとうね。やっぱりお前は頼りになるわ」
「まあ、いえ。高彬さまの先触れがちょうどよい時にいらしただけですわ」
小萩は謙遜しつつも、嬉しそうな顔で言う。
そして御簾を巻き上げながら、ふと庭の蛍に目をとめたようだった。
「夕闇が濃くなって蛍の光も一層映えますわ。高彬さまとご覧なれますわね、瑠璃さま」
「そうねぇ」
あたしは、曖昧に頷きつつ、別のことを思っていた。
御溝水のさらさらという音や、階から落ちた高彬、そして寝所に二つ並べられた枕を見ると、
つい、初夜のことを思い出してしまう。
あの時は緊張で耳が異様に冴えていてから、御溝水の音がやけに大きく聞こえたわ。
思い出すのも恥ずかしながら、
(やっぱり、今日は、特別な日になるのよね)
なーんて、ガラにもないこと思ったり、した。
乙女の日々よ、永遠にってなわけじゃないけれど、人妻になる日なんて長い人生に一度きりだもの。
普段、はねっかえりのあたしといえど、コトは人生の一大事。殊勝な気持ちになるものよ。
ただ、そんなあたしの気持ちは別として、今までが今までということもあって、
ふだんは来ない人までがあたしの部屋に次々とやって来てはあれこれ言うものだから、
高彬が新三条邸にやってくる頃にはすっかり疲れきっていた。
だから、二藍の直衣姿の高彬が忍びやかに現れた時は、
むしろほっとしてしまって、思わず御簾を持ち上げて高彬を内に迎え入れたくらいよ。
夏姫のことではちょっとむっときたけれど、鷹男から来た文をみて拗ねてそっぽを向く高彬を
年下夫としてかわゆく思えてしまうから、女心って不思議なものよね。
あたしは、気を取り直させようと、拗ねている高彬の頬を両手で挟んで、こちらを向かせた。
すると高彬はにっこり笑い、その笑顔があっという間に近づいてきてあれよこれよの間に接吻した。
ゆっくりと深い、接吻は今までにはなかったもので、あたしはどきどきして苦しいくらいだった。
そのまま、どのくらい時間がたったのかしらーーーーー。
いや、たぶん、たいした時間はたっていないと思うけどさ。
高彬はそっと唇を離すと、あたしの肩にやさしく手をかけた。
灯台がじっと音をたてる。
芯を短く切ってあるから部屋の中はかなり暗いし、いつもと違う沈黙がますますあたしを緊張させた。
どうやら高彬も同じみたいで、暗がりの中でも目のふちまでうっすらと赤いのが分かった。
いよいよだわ。
あたしは、ごくりとつばを飲み込んだ。
「瑠璃さん・・・」
高彬の体重が一気にあたしにかかって、そのまま押し倒される。
こういうこともあろうかと脇息や小物は隅にどけておいたから、頭を脇息にぶつけるなんてことはなかった。
でも、ひんやりとした床を頬に感じながら、あたしは緊張しつつも
(夜具はあっちなんだけどな)
なんて考えていたり、した。
女って意外とこういうとき、ヘンなところで冷静になってしまうのかもしれない。
一方、高彬は緊張してそこまで気が回らないらしい。
それでも、袴の腰紐を解くところまでは経験済みだから、スムーズにできた。
問題はここから先よ。だってこの後はあたしも高彬も未経験者だもの。
あたしは自分がちゃんと高彬を受け入れられるのか、そして高彬がうまく目的を成し遂げられるか、
やっぱり、年上として心配になってしまう。
いくら高彬が帝の覚えもめでたい有能な右近少将と言われていたって、こういうことはまた別だもんね。
物語なんかだと殿方はそっちの方の経験はたっぷりで、女はボケっとしていてもコトはすすむものだけれど、
高彬はその点、やっぱり、頼りない。
不安といえば不安だけれど、あたしはそれで、いいと思う。
だって高彬がもし経験者だったら、あたし以外の人とはどうだったのだろうって、やっぱり、考えてしまうもの。
あたしはそんなの、絶対嫌。
高彬は堅物で朴念仁で情緒のかけらもない無粋者だけど、それでも一生、妻はあたし一人とお約束してくれている。
「高彬。ずっとあたし一人、なのよね」
小袖を脱がせかかっていた高彬の手が、止まった。
そして真剣な目であたしをじっとみつめると
「もちろんだよ。幼い頃から、そしてこれからも、ぼくはずっと、瑠璃さんだけだ」
顔を赤らめながらもきっぱりと高彬は言った。
そんな高彬をみると、あたしは安心すると同時に、
高彬のことを言いようがないくらい愛しいと思う気持ちでいっぱいになってしまって、
「高彬、大丈夫よ。あわてなくっていいからね。」
と思わず励ましてしまった。
「・・・うん。でも普通はさ、男が女の人に言うセリフだよね」
でも、瑠璃さんらしいか・・・と高彬がつぶやくのと、あたしの小袖の腰紐が解けたのは同時だった。
高彬の手が直にあたしの肌に触れ、あたしは思わず小さな叫び声をあげそうになる。
心の臓が早鐘のようになって、高彬が触れた部分から緊張で体がこわばってゆくのが、自分でもよくわかった。
すると高彬はあたしの耳元でそっと囁いた。
「大丈夫。緊張しないで」
な、なによ、大人ぶって。こんなところで仕返しするなんて卑怯よ!
あたしばっかりで高彬は直衣すら脱いでないんだから!!
「じ、自分だけ、衣を着ているなんて、ずるいわ」
「・・・あ」
高彬はあたしに指摘されて、自分が直衣を着たままということにやっと気がついたようだった。
あたしは、その隙に花びらのごとく散った紅や紫の衣装を胸元に掻き合わる。
「そういえば、そうだね」
高彬は照れくさそうに笑いながらあたしから体を離すと、そそくさと直衣を脱ぎはじめた。
じっと見ているのも気恥ずかしいような、気まずいような雰囲気だったから、
あたしは袿を頭からすっぽりかぶる格好で、高彬を、待った。
白い小袖姿になった高彬が真っ赤な顔であたしの顔を覗き込む。
「瑠璃さん。夜具に、いこうか」
いざ、いこうかと言われるとどうしようもないくらい気恥ずかしくって、あたしは高彬の顔もまともに見られない。
声もなく、ただこくんと頷くだけで精一杯だった。
高彬はあたしを抱きあげて夜具まで連れて行こうとしたけれど
「あ、あっち向いてて!あたしが夜具に入るまで、こっち見ちゃだめだからね!」
と断固拒否し、ずりずりと袿を引きずりながら夜具までいざった。
今思い返すとお衣装が移動しているような、へんな格好だったに違いない。
で、でもでも単すら身に着けていないのよ。
抱き上げられた拍子に袿が滑り落ちたりなんかしたら、絶対いやだもの。
なんとか夜具に辿りつき、衾に身を隠すようにしてから、高彬に声をかけた。
「い、いいわよ」
「・・・瑠璃さん、それじゃ、ぼくの入る隙間がないよ」
困ったような高彬の声がして、あたしはあっとなった。
あたし一人で夜具を占領している感じで、これじゃぜんぜん大丈夫じゃないわ。
あたしは慌てて衾から顔を出し、身一つ分端に寄る。
すると高彬はするりと夜具に入ってきて、あたしをやさしく抱きしめた。
そして何度も何度もあたしの髪をなで、目が合うとにっこりと笑う。
いつもどおりの笑顔ね、高彬。
こうやってあたしたち、なにも変わらず、ずっと一緒よ。一生好きよ。
一瞬、高彬の目が真剣になり、かすかに光った(ような気がして)あたしはぎゅっと目をつむった。
いよいよ、だわ。
「瑠璃さん・・・」
って高彬があたしを呼んで・・・
ええっ!?
「たたたたた高彬!!!」
「そんなに驚いてどうしたのさ」
不思議そうな顔をしてあたしを見下ろしていたのは高彬、その人だった。
あたしがしょ、いや、初めての夜を思い返していたら、いつの間にか高彬は到着していたらしい。
「だって、急に、側にいるから。びっくりするじゃないの」
「先触れはやっただろう?」
「そりゃ、そうだけど・・・」
考えていたことが考えていた事なので高彬を目の前にすると、その、つい、意識してしまう。
「なんだよ、あやしいな。そういえば何かぼうっと考え事していたよね。
一体、何を考えていたのさ」
「な、何って・・・」
まさかあんたとの初夜のことよ、なんて絶対言えないわ。恥ずかしくって。
どう言い訳しようかと考えていると、高彬はぽんっと手をうった。
「わかった!当ててみようか?」
「ええ!?」
あたしは心の臓が飛び上がる思いだった。
うそ、どうして、なんで分かるのよ!
「だから、あの、その・・・」
「薄衣のことだろう?」
「はあ?・・・あ、そ、そう。よく、分かったわね・・・」
あたしは、拍子抜けした。
そういえば先日、高彬はいい品の生絹が手に入ったから、それを単に仕立てて瑠璃さんにあげるね、
とかなんとか言っていたっけ・・・。
高彬が合図をすると、裾裁きも鮮やかに、小萩が漆塗りの箱を持ってやってきた。
そしてあたしの目の前にその箱を置き、
「これは、とても極上の絹ですわ。姫さま、ご覧遊ばしませ」
と言い添えると、気を利かせてすぐに下がっていった。
夏らしい薄青の薄衣で、灯台のあかりを受け、艶のある光沢を放っている。
手に取るとまるで吸い付くような滑らかな、絹だ。
いつの間にか部屋に迷い込んできた蛍の光も、薄衣を一層美しくみせる。
「きれい・・・!」
あたしは、うっとりとその薄衣を眺めた。
やっぱり、あたしも女よね。
お衣装で気分が晴れやかになる。
そんなあたしを満足げに眺めていた高彬は言った。
「うん、やっぱり瑠璃さんに似合うな。そうだ、せっかくだから着てみせてよ」
「え!今、ここで!?」
貴族の姫君たちはいつも着飾っているかというとそうではなくて、
京の夏なんてとんでもなく暑いから、私邸では紅の袴に薄織りの単をまとっただけのラフな格好なのだ。
肌が透けてみえるから、はしたないようではあるけれど、あくまで私的空間で着るもの。
まっとうな姫君は邸奥深くに籠っているからごく近しい人にしか見られないし。
でも、まだ新婚の部類に入るあたし達には、刺激的な格好では、あった。
「・・・何、考えているのさ、瑠璃さんは。そのままはおってくれればいいよ」
半ば呆れ気味に高彬は言う。
な、なにさ。
そんな言い方しなくたっていいじゃないの。
あたしは自分の勘違いに耳まで赤くなる思いだった。
そうよね。別にこのまま、はおればいいんだもの・・・。
いつの間にかあたしの横ににじり寄っていた高彬があたしの肩を抱いた。
するりと袿が肩から滑り落ち、腰紐に高彬の手が、かかった。
あっけにとられて高彬をみると、顔を赤らめつつも、いたずらっぽい笑みをうかべ、
「瑠璃さんが言うとおり、着て見せてよ」
とあたしの耳元で囁いた。
なに言ってんのよ!
と、喉の奥まででかかったけれど、あたしは、高彬にこう、切り返した。
「あんたにだけ、特別よ」
高彬はますます顔を赤らめると、瑠璃さんにはかなわないな、ともぐもぐと呟き、
それでも目が合うと、初めての夜と、子供の頃と、変わらない笑顔を見せた。
蛍の光がやさしく漂う夏の夜。
あたしは、ひんやりとした床の冷たさを頬に感じながら、
(今夜も御溝水の音がさらさらと耳に優しいわ)
と思ったのであった。


( 完 )

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