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ジャパネスクをもう一度 ~其の五~

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ジャパネスクをもう一度 ~其の五~

~ 妹姫 ~
 
  ※帥の宮事件から4年後の瑠璃と高彬
  ※ジャパネスクを最終巻までご覧になっていない方は、
 ネタバレを含みますのでご注意ください。


 
 
ジャパネスクをもう一度~其の五~

翌日、格子の隙間から漏れる光の眩しさで目が覚めた。
この明るさでは、もう、昼近くなのかもしれない。
まだどことなくかったるいけれど、昨夜よりずっと気分はよくなっている。
腕を横に伸ばすと、カサッという音がして、何かに、ふれた。
それは昨夜横にいたはずの高彬ではなくて、美しい紅の薄様の御料紙だった。
手にとって広げてみると、その風情ある御料紙とは対照的な、みみずの酔っ払ったようなヨタヨタ文字が書き散らされており、それはまぎ れもない高彬の手跡である。

深き濃き常盤木の松うつろわぬ
君に契りし我が思いかな

由良を見舞ってから参内します。
今日は遅くなりそうだけれど、必ずそちらに伺うから。

高彬


お歌は(どんなときでも色の変わらぬ松のように、わたしの心は変わりません)
という意味のもの。だけど裏の意味もちゃーんと含まれていて
(残念だけど、あなたの体調がよくなったら、ね)
というお歌である。
相変わらずへったくそなお歌だけど、きっとこれでもあの朴念仁の高彬が一生懸命考えたお歌と思うと、心がなごむなあ。
うふふ、うふ、えっへへー。
あたしはすっかりいい気分で御文を読み返していると、几帳のかげからコホンという咳払いが聞こえた。
「姫さま、お目覚めでいらっしやいますか?お体の調子はいかがですの?」
それは御簾内のあたしの様子を図りかねているような小萩の声だった。
「あ、ああ、うん、寝たらすっかり治ったみたい。もう起きるわ。起してくれればよかったのに」
もごもごと口の中で言葉を転がしながら、
一体いつから控えていたのかしら、ヘンな笑いが聞こえたかな、と気まずい気持ちで慌てて半身を起す。
ややあって失礼いたします、と几帳のかげからあらわれた小萩は
「お顔の色もずいぶんよくなられましたわね。でも、まだお休みになったほうが…」
と気遣ってくれたけれど、あたしはかなわないというように思わず首をすくめた。
「起きるわ。これ以上寝てたら本当に病気になってしまいそうだもの」
小萩はそんなあたしを見て、瑠璃さまは少し動かれるくらいの方がよろしいかもしれませんわねぇ、とつぶやくと困ったように笑い、合図をする。
すると手水鉢や銀の櫛箱を捧げ持った女房達が現れて、あっという間に朝のお支度がはじまったのだった。


「瑠璃さま。由良姫さまが瑠璃さまのお見舞いに伺いたいそうですわ。半刻ほど前、先触れがございましたの」
小萩は顔を洗ったあたしに生絹のはぎれを渡すと静かに切り出した。
「お見舞いって、なんでよ。あたしはこんなにぴんぴんしてるわよ」
「瑠璃さまのことが心配なのですわ。瑠璃さまのことをまるで実の姉のようにお慕いしておられますもの。由良姫さま付きの女房から聞いたのですけれど、高彬さまが昨夜の瑠璃さまのことをお話されたら、由良姫さまは、それはもう、心配なさって。今すぐにでも駆けつけたいと仰るのを高彬さまがお止めになったくらいだそうですわ」
三条邸にきた当初はどこか遠慮がちで煌姫のかげに隠れるようにしていた由良姫だったけれど、最近はすっかり打ち解けて毎日のようにあたしの部屋に来るくらい仲良しなのだ。
あたしには融という愚弟がたった一人いるだけで、他に兄弟はいないし、由良姫のことを本当の妹のように思っている。
由良姫は右大臣家の末姫として真綿にくるむように大切に育てられただけあって優しくて素直で本当にいいコなのよ。
でも、素直すぎるだけに自分でこうと思い込んだらテコでも動かない一面もあるから、さだめし高彬も宥めるのに苦労しただろうと、思わず苦笑いがこみ上げてくる。
「大げさねぇ。由良姫は心配性なのよ」
ちょっと茶化したつもりが、小萩はきっと目を吊り上げた。
「大事な姉上さまだからこそ心配性にもなられるのですわ。ご心配になる由良姫さまのお気持ち、姫さまのことでは幾度もご心配申し上げたこの小萩、ようく分かります。瑠璃さまの元気なお姿をご覧になれば安心されるでしょうし、お会いしたらよいではございませんか」
小萩にとって、由良姫は主人の婿君の大切な妹姫ということもあるのだけど、それにしても最近、由良姫ビイキがすごい。
あたしの評判では今まで人には言えぬ苦労をしてきているせいか、あたしを慕ってくれる由良姫は「なんてよき姫さまでしょう!」と絶賛しているのだ。
小萩の個人的感情は別にしても、今回の由良姫居候の件は小萩に万端取り仕切ってもらっているし、ここは主人として小萩の顔を立てておかないと。
「会わない、という意味ではないのよ。小萩の言う通り、会えば由良姫も安心してれるだろうし、瑠璃はもう大丈夫だから遊びにいらっしゃいと伝えてちょうだい」
あたしは宥めるように穏やかに、そして「小萩の言う通り」という部分に特に力を込めた。
「まあ、お分かりいただければいいのですけれど。ではお返事いたしますわね」
自分の考えが肯定されて気持ちが落ち着いたのか、機嫌を直していそいそ腰を浮かしかけた小萩の動きが、止まった。
そして袖で口元を隠し、含み笑いを浮かべながらつつ、とあたしに近づくとそっと囁いた。
「やっぱりごきょうだいだけあってよく似ておいでですわ。由良姫さまも高彬さまも瑠璃さま思いでいらっしゃいますこと」
意味ありげな小萩の視線の先には、読み広げられたままの、高彬からのお文があった。
そんなふうに言われると不覚にも顔が赤らんでくるじゃないの。
まったく、主人をからかうなんてさ。
「ゆ、由良姫が待ちわびているわ。さあ早く」
あたしは慌てて高彬からの文をお茵の下にねじ込んで隠すと、小萩を急き立てたのだった。




半刻もしないうちに渡殿のあたりがざわついて由良姫と、そしてなぜか煌姫も一緒に姿をあらわした。
桃のかさねを着た由良姫は、可憐でかわいらしく、煌姫は薄色に蘇芳をあわせた地味な襲ねなのだけれど、それががかえって煌姫の派手な顔立ちを引き立てており、匂うように美しい。
そこだけぽっと花が咲いたような華やかさだった。
あたしは目で合図すると小萩は心得たようについと膝をすすめてしずしずと御簾を巻き上げる。
御簾が巻き上がるやいなや、由良姫は飛びつきそうな勢いであたしのの側に駆け寄ってきた。
「瑠璃ねえさま、大丈夫ですの?」
食い入るようにあたしを見つめるその漆黒の瞳は、心配のあまり潤み、明るい日差しが反射して黒くきらきらしている。
そのいじましいまでの由良姫のやさしさに、さしものあたしもじーんときてしまった。
この、愛らしさ。
こんな風に心から心配されて心を動かさない殿方はいないんじゃないかしら?
と思わず不謹慎なことが頭をよぎってしまうくらいよ。
「一晩寝たらすっかりよくなったわ、大丈夫。ちょっと気分が悪くなっただけなんだもの。ほら、あたし食い意地はってるからさ。へんなもの食べたのかもしれないわ」
これ以上由良姫に心配かけないように手をとって笑顔で優しく答えた。
「ですから高彬さまも大丈夫だと申されていたではありませんか」
由良姫に続いて裾捌きも優雅に御簾内に入った煌姫はそう言うなりあたしの側に腰を下ろした。
「でも瑠璃姫。生兵法は大病のもと。お医師に診てもらってしっかり養生なさいませ」
由良姫と比べると煌姫は、なんともそっけない物言いだけれど、病気で父母を亡くし、しめっぽい話が大嫌いな煌姫らしい心配の仕方なのだ。
「二人とも心配してくれてありがとうね」
あたしはただ単純に嬉しくて、自然にぺこりと頭を下げた。
「別に心配というほどのものではありませんわ」
煌姫はふんっと顔をそむけると照れを隠すように扇を開いた。
「煌姫さまったら。先ほどまで、とても心配していらしたではありませんか」
「そうなの?煌姫」
からかって煌姫の顔を覗き込むと、体をねじって、ますます顔をそむけてしまった。
「大した心配はしていませんわ。物の怪つきとも異名をとる瑠璃姫が病気になるわけないですもの」
「さすがに物の怪つきの姫って面と向かって言われたのは久しぶりだわ。あははは」
あたしは思わず吹きだした。
「まあ、瑠璃ねえさまったら。うふふふ」
「ほほほほ」
あたしの笑い声につられて由良姫も楽しげに笑い出し、煌姫もかろやかな笑い声を上げた。
病気見舞いのはずなのに、女三人が呵呵大笑しているのもおかしいけれど、人間笑うことが一番よ。
気持ちが明るくなると、体に力が満ち溢れてくる感じがする。
ひとしきり笑った後、由良姫がふときょろきょうろ辺りを見回した。
「あら、高彬のお兄さま?」
笑いすぎたせいか声は少しかすれて、まだ肩で息をしている。
わずかに顔を傾けながら香りの行方をおっている由良姫は、仕草ひとつとってもかわゆらしかった。
「高彬?高彬はいないわよ。由良姫のとこに行ってその後すぐ参内したのはずよ。帰ってくるにはまだ早いし」
「ええ、でも確かにお兄様の香りが」
貴族のたしなみのひとつとして、人それぞれ香を薫きしめている。
高彬には高彬が好む香りがあり、衣や扇などの身の回りの品に薫きしめている。
だからその香りでその人がいるかどうかわかったりするのだ。
「朝まで、ここにいらしたからではなくって。妻への恋文もありますし」
煌姫はいつの間に手にしたのか、あの紅の御料紙に書かれた高彬からの文をひらひらとふった。
「ま…まあ」
由良姫は顔を赤らめるとぱっとうつむいてしまった。
「ち、ちょっと!」
あたしは慌てて煌姫から御文をひったくる。
人のお文を勝手に見るなんてほんとにこの人、宮姫なのかね。
でも、頬を赤らめてうつむいた由良姫を見て、さすがに煌姫も何か感じ取ったらしい。
夫を返した後の妻の部屋に漂う昨夜の名残に、生々しさを感じてしまうというか、なんともいえない気恥ずかしさがあるというか。
別に何もいけないことをしたってわけじゃないけれど、生娘には刺激が強いわよね、やっぱり。
扇ごしに二人の様子をちらりと窺うと、
由良姫、そして煌姫までもが扇で顔を隠すようにしてうつむいている。
あたしも何ともいいようがなくて、三人ともおし黙ってしまった。
でも、その異様な沈黙を破ったのは、誰かの言葉ではなかった。突然、
バンッ
という何かがものすごい勢いであたったような音がして
あたしたちはそのただならぬ音の方向に、一斉に振り返った。

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