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ジャパネスクをもう一度 ~其の四~

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ジャパネスクをもう一度 ~其の四~

~ 新年 ~
 
  ※帥の宮事件から4年後の瑠璃と高彬
  ※ジャパネスクを最終巻までご覧になっていない方は、
 ネタバレを含みますのでご注意ください。


 
ジャパネスクをもう一度~其の四~

その日以来、高彬は文字通りぱったりとこなくなった。
忙しいのだから無理しなくていいのに、文だけはまめによこしてくれた。
辺りを憚ってか詳しいことは書いてこなかったけれど、右大臣家では由良姫がいなくなったと大騒ぎしているらしい。
ただ、姉の女御様が亡くなって妹姫も失踪とあっては、右大臣家の体面もあり、表立って騒ぎ立てるということはしなかった。
由良姫と煌姫は、小萩がうまく母上に話をつけてくれたお陰で、怪しまれることなく三条邸で落ち着いた日々を過ごしている。
でも準備やなんだとあたしの周りはいつもばたばたしていたし、今年は残暑が厳しかったわりに寒さも急にやってきて体力が自慢のあたしも、最近ちょっと体調が悪い。
さすがのあたしももう歳かしらねー。
そうこうするするうちに年が明けて、高彬が新年のあいさつにひさかたぶりに三条邸にやってきた。
といっても帝のお妃である承香殿さまが身罷られてまだ三月もたってないし、当然弟である高彬は喪に服しているから、今年は内大臣家の新年の宴も非公式のものでうちうちで行う予定になっている。
その日の夜もふけてから高彬はあたしの部屋に来た。
父さまに勧められたお酒を断りきれなかったのだろう、高彬からの頬はほんのり赤く染まっていている。
「あけましておめでとう、瑠璃さん。本当はもっと早くこちらに来たかったのだけど。お正月早々酔っ払いで申し訳ないね」
「いいわよ、どうせ父さまや母上に無理やり勧められたお酒でしょ。小萩、高彬に白湯をもってきてあげてよ」
「白湯ならばもう御用意出来ておりますわ。どうぞお召し上がり下さいませ」
小萩は心得たように白湯をささげ持ってきた。
高彬は一気に白湯を飲み干すとやっと人心地ついた様子で、脇息にもたれる。
「高彬、あんた昔からお酒に弱かったけどそんなんで大丈夫なの?上司の宴では杯も断れないでしょう?」
高彬はくすりと笑った。
「妻が酔っ払いを嫌うものですから・・・と言ってこうなる前にお断りしているよ。瑠璃さんと結婚してからはずいぶん楽になったよ」
「んまぁ!それじゃあたしのせいで飲みたい酒も飲めないみたいじゃないの」
まぁ、あたしの評判なんて高彬と結婚前からさんざんだから今さらどうでもいいけどさ
「別に瑠璃さんの悪口を言っているわけじゃないよ。僕は瑠璃さんと結婚して良かったということを言っているんだよ」
久しぶりにあたしと会えて嬉しそうに話す高彬は、お酒が入っているせいかいつもより饒舌になっているみたい。
「ふうん。お酒がはいるとくどき文句も上手くなるみたいね。でも、いつぞやのように暴れられるのは困るわ」
以前、高彬はあたしが浮気しているという投げ文を本気にして三条邸に乗り込んだことがある。
その時のことを暗にからかってやった。
高彬の顔がますます赤くなった。
「あれはその・・・申しわけなかったと思っているよ。でも現に守弥がいたじゃないか。瑠璃さんは情に脆いところがあるからね。ころっとなびかないとも限らないし・・・」
・・・あきれた。
最近は言わなくなってたと思ってたけど、まだあたしのこと疑ってたのね。
まったく何年あんたの妻やれば信じるかね。
ほんと嫉妬深いんだから。
酔っ払っている高彬を見ることなんて年に数回しかないけど、酔って思考回路が回らなくなっている分、いつもより余計なことを言ってしまうようでおもしろい。
よし、もっとからかってやろう。
「そうねぇ。鷹男の帝もお妃を亡くして悲しんでいるみたいだし、ちょっと後宮にでも行って慰めてきてあげようかしら・・・?」
ちらりと高彬を見るとからかわれていることに気付いたのかあたしをぶつまねをした。
その時、お酒のかおりがぷんとあたしの鼻先をかすめた。
あたしはむっとなり、おもわず袖で口元を押さえる。
酔っ払いは嫌いでも、このくらいのお酒の匂いにやられるくらいやわじゃないんだけど。
胃の腑から酸っぱいものがこみ上げてくる。
あたしの様子がおかしいと察した小萩がそばに駆け寄ってきてあたしを支えた。
「瑠璃さま、どうなさいました?」
「大丈夫?瑠璃さん」
小萩と高彬は心配そうにあたしを覗き込む。
「ううん、大丈夫。最近忙しかったせいか体調があんまりよくなくってさ。体力だけは並みの姫より自慢だったんだけどねー」
あたしははははと笑ってみせた。
「はははじゃないよ、瑠璃さん!でも由良のことでは、すっかり瑠璃さんにまかせきりにしてしまったからそのせいかもしれないな。承香殿の姉上が身罷られてから、こちらにくることもままならなかったし。瑠璃さんにはずいぶん負担をかけてしまった。ごめんなさい。」
「そんなことないわよ」
あたしの不調を高彬がまるで自分の責任のような言い方をするので、あたしはきっぱりと否定した。
「由良姫のことだって実際動いてくれたのは小萩だし、煌姫もいるしさ。このところ急に寒くなったからきっとそのせいよ。ね、小萩」
あたしは振り返って小萩をみると、小萩はなにやらひとりでぶつぶつと考え事をしていた。
「小萩・・・?」
「はっはい。申し訳ございません、姫さま。小萩としたことがぼぉっとしてしまって」
もう一度問いかけるとはっと我にかえったのか、慌てて言い繕った。
「なによ。夫のことでも考えてたの?結婚すると主人なんてどうでもよくなっちゃうのかしらねー」
「小萩は瑠璃さまが第一でございます!!」
不意をつかれたためか小萩はさっと赤くなった。
そうなのだ。
小萩は、あの高彬の乳兄弟の守弥と結婚し、今や二人の子供の母親である。
そりゃ、初めは驚いたわよ。
この時代、夫が妻のもとに通う「通い婚」が主流。 夫は妻のもとを訪ねるとき、たいていは従者を伴ってくる。
主人が妻のもとにいるとき、その従者の対応に走るのは妻付きの女房ということになるし、なにかと接する機会もあったのかもしれない。
そこで恋に落ちることも多いのだろう。
前に高彬もここの女房がお目当ての家来が多いって言ってたし。
「今日はもう遅いからね、小萩も局に下がるといいよ。瑠璃さんのことは僕がみているから」
それに・・・と高彬は意味ありげに笑って続けた。
「今日は僕の従者の中に守弥がいるしね」
「・・・まっ!高彬さままで小萩をおからかいになるなんて・・・」
小萩は耳まで真っ赤になりながらも、
「瑠璃さま、ご気分はいかがですの?さきほどよりはお顔の色もよくなっているようですが」
と、しっかりあたしの体調を確認するあたりこの子もたいしたもんよ。
「うーん、さっきだけだったみたい。今はなんともないわ。高彬もいるし、大丈夫よ」
「では小萩はそろそろ御前失礼させていただきますわ。御寝所の用意は整っておりますゆえ、おやすみなさいませ」
と、丁寧に頭をさげて部屋からでてゆこうとしたが、小萩はふと気が付いたようにこちらに向き直った。
その表情はさすがというべきか、もう敏腕女房の顔に戻っている。
こういうところ、守弥と似ていると思うけど・・・。
やっぱり夫婦って似てくるものなのかしら。
「高彬さま、瑠璃さまのことよろしくお願いいたします。高彬さまのおっしゃるとおり、瑠璃さまは疲れておいでなのですわ。けっして御無体なことはなさいませんよう」
言葉使いは丁寧だけど、ようするに、まぁ、その、夜は控えろ・・・という意味なのだろう。
高彬も小萩の言っている意味を察したのか照れたように扇を弄びながら
「・・・分かっているよ。だから小萩も安心して局に下がっていいよ」
ちょっとぶっきらぼうな言い方に聞こえるのは、久しぶりにあたしに会えたのにちょっと残念だからなのかしら。
小萩はもう一度頭を下げると、裾裁きも鮮やかに退出していった。
衣擦れの音がだんだん小さくなって聞こえなくなると、高彬はあたしに向き直った。
「忠義ものだね、小萩は。似たもの夫婦とよく世間では言うけど、まったくその通りかもしれないね」
そう言って照れたように笑ってごまかした。
「ふふふ、そうかもしれないわね。守弥も小萩以上の忠義ものだし」
「守弥か。あいつも小萩と結婚してからずいぶん丸くなったよ。小萩のことを持ち出すと効果絶大だね」
「ちょっと高彬、あんた、にやにやしてるわよ。そんなに守弥の弱みが握れたことが嬉しいの?」
「まあ、ね。守弥にはいろいろと感謝しているけど、いまだに僕を子ども扱いするからな」
ここもかわった主従関係よね。
守弥の場合、主従関係以上のものがあるからなんだろうけど。
そういう教育係に育てられた高彬だもの、帝に操をたてちゃうのもちょっとうなずけるかも。
妻のあたしとしてはちょっと複雑ですけどね。
でも、守弥のことを話す高彬は実家での野放図な甘ったれのぼんぼんという片鱗が仄見えてわりと好きだったりするのよね。
「さて、夜も遅いし・・・」
そう言うと高彬は軽々とあたしのことを抱き上げた。
そしてそのまま寝所にむかって歩き出す。
「ま、御無体な」
と我ながら大げさに芝居めいて言いながら、あたしは笑ってしまった。
物語のお姫様みたいじゃないの。うふふふふ。
「御無体なことをしたいのはやまやまだけど、忠義ものの小萩にくぎをさされちゃ・・・ね」
そう言ってちょっと残念そうに口をとがらす高彬はなかなかかわいい。
かわいいなんて殿方に言ったらいい気分しないのだろうけど、この殿方のかわいさって重要よ。
女の母性本能を刺激するっているか。
どんなに立派な殿方だって家に帰ればみんなこんなものだと思うの。
基本的に男の人ってみんな甘えん坊なのかもしれない。
あたしはおかしくなってくすくすと笑った。
「なんだよ、なにがおかしいのさ。瑠璃さん」
高彬は優しくあたしを夜具の上に降ろした。
「なんだか、降嫁した宮姫みたいだったわ。源氏物語の女三の宮の気分」
「ふうん。瑠璃さんは源氏物語なんて嫌いかと思っていたよ。光源氏は浮気者だからね」
「まぁ、ね。浮気ものはいやよ。でも、情緒的でロマンティックじゃない?」
「そう?そういうことは僕の苦手とする分野だけど」
あっさり言う高彬にあたしは少しがっかりした。
相変わらず朴念仁っていうかさ。
せっかく盛り上がってきてるのに。
「そうだね・・・。もし瑠璃さんがこの世からいなくなったら、光源氏だと身代わりにそっくりな人を探すと思うけど、僕はそんなことしないだろうな」
「あら、じゃ、一生一人身?」
「都中探したって瑠璃さんにそっくりな人なんていやしないよ。だから僕が源氏の場合、物語は終わっちゃうよね」
と言って笑った。
「なによ、都広しといえどあたしみたいなはねっかえりはいないってこと?」
「それもそうだけど。・・・瑠璃さんは瑠璃さんで、その代わりになる姫は僕にとってはいないという意味だよ。
生涯、妻は瑠璃さん一人、と約束しただろう」
ま、言ってくれるじゃないの。
朴念仁の汚名も少しは返上してやっていいかしら。
「今日は僕が瑠璃さんの宿直役をさせていただくよ。だから安心しておやすみ」
ふふふ、くどき文句もうまくなっちゃって。
あたしはその日、高彬の胸の中でゆっくりと眠りに落ちていった。

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