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ジャパネスクをもう一度 ~其の弐~

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ジャパネスクをもう一度 ~其の弐~

~ 再会 ~
 
  ※帥の宮事件から4年後の瑠璃と高彬
  ※ジャパネスクを最終巻までご覧になっていない方は、
 ネタバレを含みますのでご注意ください。


燈台がじっと音をたてた。
どうやら油が切れてきたらしい。
今はもう子の刻に近い頃かしら。
「今宵はもう、いらっしゃらないかもしれませんわねぇ」
もう遅いからと他の女房は局に下がらせ、部屋にはあたしと小萩の二人きりである。
あの日、高彬は承香殿の女御様の容態のことは表には伏せていると言っていたけれど、容態はますます悪くなる一方のようで、今や都の口さがない人々の噂にのぼるようになっていた。
それほど承香殿の女御さまは弱られているらしい。
昨日、遅くにあたしのところに来た高彬の顔も、明るく振舞ってはいたけれど、冴えないものだった。
夫婦なんだから、高彬が悩んでいる時は言ってくれればいいのに。
あたしは脇息によりかかりながら、扇を閉じたり開いたりしながら考えていたけどだんだんにいらいらしてきた。
「瑠璃さま、そういらいらしてはお体に毒ですわ」
あたしの腹心の女房、小萩は何年もあたしに仕えているだけあって、こういうときのあたしの気持ちを敏感に察するらしい。
「だって小萩。あんたも高彬の姉上のことは知ってるでしょ。
高彬もつらいんだから愚痴でもなんでもあたしにこぼしてくれればいいのに何にも言ってくれないんだから!」
「でも、高彬さまは瑠璃さまのところにいらっしゃる時くらい、宮廷内の煩わしさから開放されたくていらっしゃるのではないですか?こういう時こそ北の方として高彬さまをしっかりと支えて差し上げればよいではありませぬか」
「それは、そうかもしれないけど・・・」
それも一理あるのよね。
あたしもそう考えることもあったから今までだまって高彬を迎えていたのよ。
「でも、それってあたしの性分じゃないわ!」
宥める小萩にあたしはピシリと言うと、小萩はため息をついた。
「右大臣家でも都中のあちこちの寺に加持、祈祷させてるっていう話しだけど、いくら立派な坊さんでも所詮神頼み。限界があるわよ。それにあんまり読経ばっかりでも、暗くなっちゃうと思わない?」
「そんな瑠璃さまばちあたりな・・・」
「なにがばちあたりよ」
あたしは、小萩の言葉をさえぎって続けた。
「それと高彬は女御様のご病気に関することで、なにかあたしに隠していることがあるわ」
「高彬さまが瑠璃さまに隠し事、でございますか?」
穏やかな小萩の顔がさっと曇った。
小萩は今まであたしを宥めるような口調だったけど、隠し事という言葉に鋭く反応するところは、腹心の女房として、さすがといったところかしらね。
「うん。なんだか右大臣家でも、相当、ごたごたしているみたい。数日前、融があたしのところにご機嫌伺いに来た時もそんなようなこと言ってたし。あの子、まだ由良姫にしつこく文を送ってるみたいでさ。由良姫の実家のことだし気になるんじゃないの。高彬は、あたしが知ったらまたなにかしでかすと思っているのかもしれないけど」
「それは、そうかもしれませんわね」
小萩は納得、といったふうに深く頷いた。
あのねぇ、あたしは結婚して4年も経つ立派な人妻ですよ。
なのにまだあたしが何かしでかすと思ってるのね。
と思いつつも持ち前の好奇心がむくむくとわき上がってきた。
「こうなったら後宮にでも潜りこんで様子でも探ってやろうかしら」
そのときカタンと妻戸が開く音がした。
「それだけはやめてくれ、瑠璃さん」
その声の方を振り返ると、我が夫、頭の中将高彬が釣燈籠の明かりを背に受けて妻戸のそばに立っていた。
宮中から退出したまま来たらしく、烏帽子ではなく冠をかぶり、二藍の宿装束を着ている。
ふだんは先導の女房に案内されてやってくるのに、一体、どうしたというのだろう。
あたしはいつもとは違う、高彬のただならぬ雰囲気に息を呑んだ。
暗くてはっきりとは見えないけれど、高彬の表情は硬く強張っていて目は真っ赤である。
あたしは、この、高彬の様子に宮中で起こったことを察してしまった。
「承香殿さまが、身罷られたのね・・・」
低い声で慎重に話すと高彬はゆっくりとうなずいた。
あたしは高彬の方へ歩みより、高彬の手をとった。
「とにかく中に入りなよ、高彬。ほらこっち来て、ここに座って。あんた顔が真っ青よ」
「いや、瑠璃さん。僕は宮中に戻るからすぐに失礼しなくちゃならない。これからいろいろ慌しくなるだろう。しばらく瑠璃さんのところには来られないから、そのつもりでいてほしい」
高彬は蒼白な顔をしていたが、しっかりとした口調で言った。
「それから、瑠璃さんに頼みがあるんだ」
辺りを見回して誰もいないことを確認すると一段声を落とす。
「由良を瑠璃さんに預かってもらいたい」
突然の高彬の申し出にあたしは目を丸くした。
由良姫は高彬の妹姫で、帥の宮の事件後、すっかりふさぎこんでしまっていた。
あの、パワフルな煌姫が傍についていてくれたからか最近は明るさを取り戻しつつあるようだけど。
あれ以来文のやり取りはしていても由良姫は右大臣家の姫。
あたしと高彬が結婚しているからといって平安の現代では普通、その一族郎党が親しくするということはない。
高彬の母上はいまだあたしと高彬の結婚を良く思っていないから、文のやり取りも目立たないようにしていたくらいだし。
「別にいいけど、由良姫がどうかしたの?まさか姉上が身罷られて後を追うわけでもないでしょう?」
高彬はあたしの問いに少し困ったような顔をした。
「いや、そういうことじゃないんだ。詳しく説明している時間もないのだけど、実は承香殿さまが亡くなられたから代わりに由良を入内させるという話があってね」
「ち、ちょっと待ってよ。承香殿さまは今日、身罷られたばかりでしょう。なんでそんな話が今、でてくるのよ!」
「由良の入内の話は承香殿様の体調が思わしくない時から右大臣家で出ていた話なんだ。それを今日、由良が聞いてしまってね。絶対に嫌だとひどく興奮していて・・・。家出しようとするところを無理やり捕まえてきたんだ。右大臣家には絶対戻らないというし、僕も側についていてやれるわけじゃない。その点瑠璃さんのところだったら安心だし、由良も瑠璃さんのところならと納得してくれてね・・・」
「承香殿さまが身罷られたっていうのに、あんたんち、ちょっと無神経なんじゃないの。そりゃ、由良姫も怒るわよ!!」
「しっ!瑠璃さん静かにしてくれ。これはまだ極秘なことなんだ」
高彬は思わず大声をだしたあたしの口を手でふさいだ。
「こんなこと言うのは身内の恥をさらすようなものだからあんまり言いたくないのだけれど。僕も由良の気持ちや承香殿様のことを考えると、今はそんなことを話す時じゃないと思うよ。ただ、とにかく今は由良が心配で一人にはしておけないんだ」
確かに高彬の言うとおりよ。
帥の宮の事件の時、女の命ともいえる黒髪をためらいもなく切った激しさをもっている由良姫だもの。
兄として、由良姫を残して参内することなんて到底できないわ。
「あたしは由良姫の味方よ。入内するもしないも、そんなこと由良姫が決めることだわ。それで由良姫はどこなの?」
「ここにいらっしゃいますわ。瑠璃さま、お久しぶりですわね」
そう言って鮮やかに現れたのはなんと煌姫だった。
そしてその後ろにかくれるように由良姫がいた。
「申し訳ありません、瑠璃ねえさまにまでご迷惑をおかけして・・・」
どうやら興奮状態は過ぎ去った後らしく、由良姫は落ち着いていたけれど、ぐったりとしていて煌姫にもたれかかるようにしていた。
初めて会ったときはふっくらしてかわゆらしい姫って感じだったけど、久しぶりに会う由良姫は、すこし痩せて4年前よりずいぶん大人びた感じがした。
帥の宮の事件でばっさり切られた黒髪もだいぶ伸びて、かもじをつけているせいか、あまり目立たなく見える。
「なに水臭いこと言ってるの!ここに来たからにはもう安心よ」
「ありがとうございます。瑠璃ねぇさま。お世話になります」
「ありがとう、瑠璃さん。僕はこれから急ぎ参内しなきゃならないけど文は寄こすよ。何かあったらいつでも僕に連絡してくれ。煌姫どのにもご迷惑をおかけして申し訳ない。小萩にもいろいろと働いてもらわなきゃいけないと思うけど、よろしく頼む。じゃあ、由良、いいね。絶対に早まったことはしてはいけないよ」
気配りの権化の高彬は律儀にもひとりひとりに由良姫のことを頼んだ。
よっぽど由良姫のことが心配なのね。
コクンと由良姫がうなづくと、やっとちょっとほっとした表情をみせ、裾を翻して部屋をでていった。

                             其の参 へつづく・・・

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